運命の出会い 6
3月18日に初めて崇がデニソンに私を訪ねてきてから3ヶ月が過ぎて夏休みに入った。殆ど毎週末デートを重ねてきたが、夏休みに入り、私はミシガン湖の北東のキャンプ地で、崇は同じミシガン湖の南端の大都市シカゴで過ごすことになった。
私をキャンプ地まで送ってくれた後、シカゴから書いてくれた初めての手紙に、私はかなりのショックを受けた。それで少し、厳しい返事を書いたと思う。「そんな危ない目に遭うのなら、車を持つのを止めたら?借金してまで?」 崇が決してお金持ちではないことは、わかっていたが、借金までしているとは知らなかった。借金はケニヨンへの支払が滞っていたことだったと、後で知って、少しほっとしたが・・・それにしても彼はいつもあまりにも悠然としていた。生活費の保証がないのに留学など私には考えられなかったから・・・
この夏休みに毎日手紙をくれたことで、彼の事が少しづつわかるようになった。

洋ちゃん、手紙ありがとう。しかも2通も一度に届いたので全く感謝感激した。どうも僕の手紙はあまりお気に召さなかった様だね。なかなか洋ちゃんに喜んでもらおうと思うことは難しい。僕は詩人ではないし、詩人になれる可能性すらないだろう。洋ちゃんが月を見、浜辺に立ち、或いは吹く風にいろいろと思いめぐらす間、僕はただ毎朝5時半に起き、10時頃寝る生活しかできないんだからね。汚いビルディングの中で時間に縛られ、同じ仕事を10時間、毎日繰り返していたんでは、たとえ僕が詩人であったとしても、詩情すら浮かばぬのではないかと思う。僕の思うことはただ一つ、洋ちゃんに会いたいことだけ。洋ちゃんにどんなに思はれても仕方がないが、或る程度、僕のいる環境を少し考えてほしい。(僕も少しワガママであるな)
それから、フィルム代など送ってくれなくてもよかったのに。この次から送らぬよう。早速買って送ります。この袋大丈夫だろうと思うけれど、万一のことがあるから、途中で失ったりしていたら、すぐ知らせて欲しい。他の方法で送る。写し終わった写真も今日頼んだから恐らく来週の木金曜日位には着くでしょう。
しかし洋ちゃん、君は詩人だ。そう思っただけでずっと遠くへ去られたような気がする。結局僕が無風流な男のせいかもしれないが・・・あの車は惜しいことした。思い出の残る車だったからね。あの可愛いインディアンもいなくなってしまった。(洋子註:私が彼にあげたデニソン大学のマスコット・シールのインディアンが貼ってあった)(写真右下:ミネワンカまで一緒に送ってくれた義兄と)

僕の経済力では車はもてないと言ったけれど、毎度デニソンにバスで行ってたんではとてもたまったもんじゃないよ。ピーター・カーシュトンのことを考えてごらん。(洋子註:私のルームメートのボーイフレンドで、いつもケニヨンから同乗させて来ていた)僕にとっては自動車は必需品だよ。勿論日本に帰ってからも自動車を持てるとは考えない。が、少なくともこちらで要るから・・・日本に帰ったら洋ちゃんの所へは電車で行く。 どうもその他、いろいろ忠告有難う。借金はしないようにする。僕の会社では大概のものは扱っているから、何でも欲しいと思うものは聞いてごらん。
明日は岩井先生という僕と西山氏の両方の先輩で僕の立教時代の先生がシカゴで結婚する。新婦になる人は僕の姉の先生で、土曜だから会社を休んで結婚式に出ることにした。
風邪はキトウさんの奥さんが女医さんだから薬をもらってきて飲んだら鼻水だけはとまった。大分楽になった。(洋子註:彼は花粉症で、季節によって症状がひどかった)汗ものほうは湖にでも入れたらすぐ治るんだが、汗ばかり流していたんではなかなか早く治りそうもない。
夏休み中一度位そこに行きたいと思う。無理だろうか?金曜日から、土、日、月位を使って行けると思うんだけど、キャンプの方で泊めてくれるかしら?このまま三カ月も会えないんだったら気が狂いそうだよ。
それから何か日本の雑誌が読みたかったら言いなさい。シカゴではどんなのでも買えるから。洋ちゃんの淋しさを少しでもなくさせようと思ってるのだからエンリョしたら駄目だぞ。その他、日本の缶詰なんかでもいい。僕は少しは痩せるかもしれない。暑いし、働いているからね。洋ちゃんは百十ポンド位になってもいいよ。今日はこれまで、また明日。 I love you. 6/18 崇

洋ちゃん、手紙ありがとう。(6月18日付け)今日から兄貴もやっと仕事が見つかり、場所は違うけれど同じ会社で働いている。洋ちゃんがあまり知能指数の低い人の仕事なんて言うと、僕の仕事までそのような仕事に見えてちょっとがっかりすることもある。尤も僕の仕事は殆ど全国からくる各書店・学校図書館からの注文書に従って本をピックする仕事だから、まだしも高級かもしれない。現在どんな本がベスト・セラーになってるかということも分かるし、また自分の勉強に使いそうな本も色々見つけられるからね。中略
今日からY.G .(洋子註:young girlsのこと) のキャンプが始まったはずだが、どう?いろんな手芸など教えているのかい?来年は本当にキャンプのカウンセラーになってもいいと思う。子供たちに教えることは山ほどあるからね。
指を切ったとは大変、どれ位切った?大事にしなさい。いくら自分の体とは言え「身体髪膚これ父母に受く」なんてことは習わなかったかい?気が気でないね。
君は偉いよ、毎日手紙を書いてくれて、僕だって偉いだろう。毎日手紙を書くということは僕にとっても生まれて始めてだよ。偉いと思ってくれよ。

会社に3冊位良いダンスの本があるから買って送ります。ステップだけ覚えて、二人で練習できるようになったら、すぐ憶えられると思うからね。とても分かり易く書いてあるよ。結局ダンスはあまり足にとらわれるより、二人が調子を合わせて、音楽にのることが大切なんだから、ある程度以上は洋ちゃんがリードしてくれないと駄目、僕にはあまり音楽がわからないから。
テニスは少し上手になったようだね。僕はまだする機会がない。この次の土曜位始めるつもり。テニスをすると映画を見たりしてお金を無駄使いしなくて済むからいい。
海苔、その他日本食糧で欲しいものがあれば言いなさい。僕は頭のまわりが遅いと見えて、洋ちゃんの好きなものが何かあまりわからないから言ってくれなければ困る。

今日は少し悲しくなった。洋ちゃんはいつも何か境を一つおいて僕を眺めているような気がするから。僕が淋しいから洋ちゃんを愛してるんだろうと言うけれど、それこそ愛なんてものは洋ちゃんの言うようにそんな簡単なものではないんだよ。本気で洋ちゃんのことを考えてくれるな、なんて二度と言わないでくれ。冗談に洋ちゃんとつきあう位なら洋ちゃんをはっきり愛していると自覚するまえに、とっくに洋ちゃんの前から消えてなくなってたに違いない。僕だって洋ちゃん同様若いんだよ。やっと二十三になろうとしてるんだから。僕の考え方だって、これからも変わるかもしれない。将来のことを予言出来る人間ではあり得ない。しかし少なくとも現在自分のしてる事に対しては確信を持って責任をとれるような自分でありたいと思うんだ。従ってどんな言葉を使おうと、自分の考えることには変わりはない。
勿論16の年から東京に出て、下宿生活などもしたし、アメリカに来てからも3年も経つし、自分で夏休みの生活位たてられるようになったから、同年輩の人達よりは少しは多くの経験を持っているかもしれない。また「世間を知っている」かもしれない。だから、僕の出来る範囲内においては、どんなことでもするから遠慮なく相談して欲しい。
僕が洋ちゃんを見て感心するのは、本当に無邪気そのものと思えるところ、大人になっていない証拠のように見える。また一面、洋ちゃんと話していると、理路整然とした話しぶり等から、印象づけられる「大人らしさ」、この二つが融け合っていて、いつも解釈に困ったことがあった。

知能的には確かに大人なのだと思う。が、経験の面では、親元でずっと育ってきたせいもあって、まだまだ知らなければならないこともあるんではないかと思うね。洋ちゃんの気の強さ、悪く言えば癇性も純粋さからきてるんだよ。だんだん年を取って来るとともに「遠慮」というものが出てきて「大人」になる。がその反面洋ちゃんの若さが失われる時だろうと思う。僕は洋ちゃんがいつまでも率直にものの言える人であって欲しいと思う。それが若さの象徴だから。しかし、年をとるのが人間の運命であるように、いろいろな経験も、好むと好まざるとを問わず味わっていかなければいけないものだと思う。そういう大切な時期に遠く両親の元を離れて外国に居ると言うことは確かに不幸かもしれない。しかし洋ちゃんの将来を考えてみた時、それがどれだけ良き結果をもたらすかは誰も言えまいと思う。色々自分で考えなければいけない場合もあるだろう。しかし、これは相談しても差し支えないと思うようなことがあれば、遠慮なく僕に相談して欲しい。遠いと言っても手紙で2日位で届くところにいるんだから。
7月3,4,5日と休みになるらしいので、もし洋ちゃんの方で迷惑でなければ、行ってみたいと思う。それに自動車の残金も払わねばならないので。また、あとで相談しよう。オヤスミ I love you. 6/21 崇
3月18日に初めて崇がデニソンに私を訪ねてきてから3ヶ月が過ぎて夏休みに入った。殆ど毎週末デートを重ねてきたが、夏休みに入り、私はミシガン湖の北東のキャンプ地で、崇は同じミシガン湖の南端の大都市シカゴで過ごすことになった。
私をキャンプ地まで送ってくれた後、シカゴから書いてくれた初めての手紙に、私はかなりのショックを受けた。それで少し、厳しい返事を書いたと思う。「そんな危ない目に遭うのなら、車を持つのを止めたら?借金してまで?」 崇が決してお金持ちではないことは、わかっていたが、借金までしているとは知らなかった。借金はケニヨンへの支払が滞っていたことだったと、後で知って、少しほっとしたが・・・それにしても彼はいつもあまりにも悠然としていた。生活費の保証がないのに留学など私には考えられなかったから・・・
この夏休みに毎日手紙をくれたことで、彼の事が少しづつわかるようになった。

洋ちゃん、手紙ありがとう。しかも2通も一度に届いたので全く感謝感激した。どうも僕の手紙はあまりお気に召さなかった様だね。なかなか洋ちゃんに喜んでもらおうと思うことは難しい。僕は詩人ではないし、詩人になれる可能性すらないだろう。洋ちゃんが月を見、浜辺に立ち、或いは吹く風にいろいろと思いめぐらす間、僕はただ毎朝5時半に起き、10時頃寝る生活しかできないんだからね。汚いビルディングの中で時間に縛られ、同じ仕事を10時間、毎日繰り返していたんでは、たとえ僕が詩人であったとしても、詩情すら浮かばぬのではないかと思う。僕の思うことはただ一つ、洋ちゃんに会いたいことだけ。洋ちゃんにどんなに思はれても仕方がないが、或る程度、僕のいる環境を少し考えてほしい。(僕も少しワガママであるな)
それから、フィルム代など送ってくれなくてもよかったのに。この次から送らぬよう。早速買って送ります。この袋大丈夫だろうと思うけれど、万一のことがあるから、途中で失ったりしていたら、すぐ知らせて欲しい。他の方法で送る。写し終わった写真も今日頼んだから恐らく来週の木金曜日位には着くでしょう。
しかし洋ちゃん、君は詩人だ。そう思っただけでずっと遠くへ去られたような気がする。結局僕が無風流な男のせいかもしれないが・・・あの車は惜しいことした。思い出の残る車だったからね。あの可愛いインディアンもいなくなってしまった。(洋子註:私が彼にあげたデニソン大学のマスコット・シールのインディアンが貼ってあった)(写真右下:ミネワンカまで一緒に送ってくれた義兄と)

僕の経済力では車はもてないと言ったけれど、毎度デニソンにバスで行ってたんではとてもたまったもんじゃないよ。ピーター・カーシュトンのことを考えてごらん。(洋子註:私のルームメートのボーイフレンドで、いつもケニヨンから同乗させて来ていた)僕にとっては自動車は必需品だよ。勿論日本に帰ってからも自動車を持てるとは考えない。が、少なくともこちらで要るから・・・日本に帰ったら洋ちゃんの所へは電車で行く。 どうもその他、いろいろ忠告有難う。借金はしないようにする。僕の会社では大概のものは扱っているから、何でも欲しいと思うものは聞いてごらん。
明日は岩井先生という僕と西山氏の両方の先輩で僕の立教時代の先生がシカゴで結婚する。新婦になる人は僕の姉の先生で、土曜だから会社を休んで結婚式に出ることにした。
風邪はキトウさんの奥さんが女医さんだから薬をもらってきて飲んだら鼻水だけはとまった。大分楽になった。(洋子註:彼は花粉症で、季節によって症状がひどかった)汗ものほうは湖にでも入れたらすぐ治るんだが、汗ばかり流していたんではなかなか早く治りそうもない。
夏休み中一度位そこに行きたいと思う。無理だろうか?金曜日から、土、日、月位を使って行けると思うんだけど、キャンプの方で泊めてくれるかしら?このまま三カ月も会えないんだったら気が狂いそうだよ。
それから何か日本の雑誌が読みたかったら言いなさい。シカゴではどんなのでも買えるから。洋ちゃんの淋しさを少しでもなくさせようと思ってるのだからエンリョしたら駄目だぞ。その他、日本の缶詰なんかでもいい。僕は少しは痩せるかもしれない。暑いし、働いているからね。洋ちゃんは百十ポンド位になってもいいよ。今日はこれまで、また明日。 I love you. 6/18 崇

洋ちゃん、手紙ありがとう。(6月18日付け)今日から兄貴もやっと仕事が見つかり、場所は違うけれど同じ会社で働いている。洋ちゃんがあまり知能指数の低い人の仕事なんて言うと、僕の仕事までそのような仕事に見えてちょっとがっかりすることもある。尤も僕の仕事は殆ど全国からくる各書店・学校図書館からの注文書に従って本をピックする仕事だから、まだしも高級かもしれない。現在どんな本がベスト・セラーになってるかということも分かるし、また自分の勉強に使いそうな本も色々見つけられるからね。中略
今日からY.G .(洋子註:young girlsのこと) のキャンプが始まったはずだが、どう?いろんな手芸など教えているのかい?来年は本当にキャンプのカウンセラーになってもいいと思う。子供たちに教えることは山ほどあるからね。
指を切ったとは大変、どれ位切った?大事にしなさい。いくら自分の体とは言え「身体髪膚これ父母に受く」なんてことは習わなかったかい?気が気でないね。
君は偉いよ、毎日手紙を書いてくれて、僕だって偉いだろう。毎日手紙を書くということは僕にとっても生まれて始めてだよ。偉いと思ってくれよ。

会社に3冊位良いダンスの本があるから買って送ります。ステップだけ覚えて、二人で練習できるようになったら、すぐ憶えられると思うからね。とても分かり易く書いてあるよ。結局ダンスはあまり足にとらわれるより、二人が調子を合わせて、音楽にのることが大切なんだから、ある程度以上は洋ちゃんがリードしてくれないと駄目、僕にはあまり音楽がわからないから。
テニスは少し上手になったようだね。僕はまだする機会がない。この次の土曜位始めるつもり。テニスをすると映画を見たりしてお金を無駄使いしなくて済むからいい。
海苔、その他日本食糧で欲しいものがあれば言いなさい。僕は頭のまわりが遅いと見えて、洋ちゃんの好きなものが何かあまりわからないから言ってくれなければ困る。

今日は少し悲しくなった。洋ちゃんはいつも何か境を一つおいて僕を眺めているような気がするから。僕が淋しいから洋ちゃんを愛してるんだろうと言うけれど、それこそ愛なんてものは洋ちゃんの言うようにそんな簡単なものではないんだよ。本気で洋ちゃんのことを考えてくれるな、なんて二度と言わないでくれ。冗談に洋ちゃんとつきあう位なら洋ちゃんをはっきり愛していると自覚するまえに、とっくに洋ちゃんの前から消えてなくなってたに違いない。僕だって洋ちゃん同様若いんだよ。やっと二十三になろうとしてるんだから。僕の考え方だって、これからも変わるかもしれない。将来のことを予言出来る人間ではあり得ない。しかし少なくとも現在自分のしてる事に対しては確信を持って責任をとれるような自分でありたいと思うんだ。従ってどんな言葉を使おうと、自分の考えることには変わりはない。
勿論16の年から東京に出て、下宿生活などもしたし、アメリカに来てからも3年も経つし、自分で夏休みの生活位たてられるようになったから、同年輩の人達よりは少しは多くの経験を持っているかもしれない。また「世間を知っている」かもしれない。だから、僕の出来る範囲内においては、どんなことでもするから遠慮なく相談して欲しい。
僕が洋ちゃんを見て感心するのは、本当に無邪気そのものと思えるところ、大人になっていない証拠のように見える。また一面、洋ちゃんと話していると、理路整然とした話しぶり等から、印象づけられる「大人らしさ」、この二つが融け合っていて、いつも解釈に困ったことがあった。

知能的には確かに大人なのだと思う。が、経験の面では、親元でずっと育ってきたせいもあって、まだまだ知らなければならないこともあるんではないかと思うね。洋ちゃんの気の強さ、悪く言えば癇性も純粋さからきてるんだよ。だんだん年を取って来るとともに「遠慮」というものが出てきて「大人」になる。がその反面洋ちゃんの若さが失われる時だろうと思う。僕は洋ちゃんがいつまでも率直にものの言える人であって欲しいと思う。それが若さの象徴だから。しかし、年をとるのが人間の運命であるように、いろいろな経験も、好むと好まざるとを問わず味わっていかなければいけないものだと思う。そういう大切な時期に遠く両親の元を離れて外国に居ると言うことは確かに不幸かもしれない。しかし洋ちゃんの将来を考えてみた時、それがどれだけ良き結果をもたらすかは誰も言えまいと思う。色々自分で考えなければいけない場合もあるだろう。しかし、これは相談しても差し支えないと思うようなことがあれば、遠慮なく僕に相談して欲しい。遠いと言っても手紙で2日位で届くところにいるんだから。
7月3,4,5日と休みになるらしいので、もし洋ちゃんの方で迷惑でなければ、行ってみたいと思う。それに自動車の残金も払わねばならないので。また、あとで相談しよう。オヤスミ I love you. 6/21 崇