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八代崇先生との出会い

八代崇先生との出会い
八木基督教会出身 司祭谷 昌二


八木基督教会庭で子供3人縮小
「こらっ、おまえら、二度と教会に来るなっ!」先生の烈火のごとき怒りに、ガタガタと震えがとまらない我々でした。八代先生と言えば、すぐ私の胸に浮かんできます。

 村岡司祭転勤の後、無牧の状態になってしまったのを心配して、八代斌助主教が、神戸から崇司祭を送って下さったのです。

当時、桃山学院大学に勤務、牧会と兼務ということになりました。先生三〇代後半、働き盛りの時です。


(写真上:当時の三人のわが家の子供たち。背後に見えるのが木造和風の教会。この2階で、青年たちがスキヤキパーティーをして騒いだ事件。
写真右下:最前列に着席の左端が谷昌二さんの父上、3人目が谷昌二さん、5人目が母上、右端にわが家の次男。
 多分、崇が撮影している。後方に立ち並んでいるのが元気のよい若者連中)
 
八木基督教会会衆縮小
よく話を聴いて下さる温厚な人柄。スマートな容姿。さばけた奥さん。かわいい子供たち。とにかく、八木の教会老若男女を問わず八代先生一家のファンになりました。特に青年には仲間のようでした。それに慣れ、つい甘えた結果が、冒頭の出来事になったのです。
 
春の青年会スキヤキパーティー。教会の二階座敷。深夜しかも青年どもは屋根にまで上がって、ワイワイガヤガヤ。

ご近所から牧師館に、強いお叱りの電話があったのでしょう。とうとう堪忍袋の緒を切らしてカミナリ投下。初めて接した先生の激怒に、シュンとなった我々でしたが、翌日主日の礼拝で、感情を爆発させたことについて、正直に告白、懺悔の説教をお聞きして胸が熱くなりました。  
 
 谷昌二ご夫妻縮小
人は出会いによって造られる。八代先生との出会いによって今の私の人生があることを思います。苦しい時つらい時、いつも先生の温かい笑顔を思い出しつつ、奉仕の道を歩ませて頂いています。

 北関東教区時報165号  1990・10・21


(写真:最近のご夫妻。韓国独立記念館の前で。奥様の利子さんも八木基督教会の青年会時代からの同志です。
    お子さんは3人、お孫さまも数人いらっしゃいます。)

 
八木基督教会の青年であった谷昌二さんは間もなく聖職の道を選ばれ、京都教区の司祭に、そして崇の死後1年を経て1998年沖縄教区主教となられました。定年退職され沖縄教区から離れられたが、今なお、お元気で活躍中です。
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