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再び復活について

逆説的信仰
        八代 崇

「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は死んでも生きる。」
                         ヨハネ11・25

 聖書には、わたしたちが「逆説」と呼ぶような表現が多く使われていますが、主イエスを信じる者は死んでも生きる、といったこともその一つでしょう。

 ふじの花
日本語にも逆説的な表現はあります。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」などはその典型でしょうが、これは聖書の逆説的表現と同じものでしょうか。

 「逆説」というと何か嘘、偽り、信じられないことといったイメージが湧きますが、言葉(パラドックス)の原意からいうと、「一般に受け入れられている見方を超えるもの」ということです。聖書の逆説は、神のなさる業は人間の常識をはるかに越える深遠なものだということを言っているのです。
 
 「逆説」ということで、頭に浮かぶ作家はドストエフスキーです。十六歳で母を失い、十七歳で父を殺され、自分も過激な思想に染まったとして、シベリアに流刑されたのが、ドストエフスキーでした。

 
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その異常な体験のためか、ドストエフスキーの書く小説には逆説的なことが多いようです。『地下生活者の手記』では「苦痛は快楽である」とされ、『罪と罰』では売春婦ソーニャがキリストを表し、『白痴』では、ムイシュキン公爵をして純潔を白痴のうちに求めさせ、『カラマーゾフの兄弟』では、キリストが異端審問官の前に引きずり出されます。
 
しかし、徹底的な懐疑主義者と言われたドストエフスキーは、反面、徹底してキリストを信じる人でもあったようです。若き日に、シベリアへ送られる途中、トボリスクというところで女の人から福音書を渡された彼は、終生その福音書を側に置き、1881年(明治14年)1月にこの世を去るとき、妻のアンナにその福音書を読ませ、息を引き取ったと言われています。
 

「私は棺を覆われるまで不信と懐疑の子です」と言いながらドストエフスキーは、続けて、「たとえ、真理がキリストの外にあるとだれかが証明しても、私はむしろ真理よりキリストとともにあることを望む」と書き記しています。
 
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ドストエフスキーが体験した逆説的信仰は「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」式の一か八かの冒険でもなければ、助かることを計算した偽りの告白でもありませんでした。雪と氷に閉ざされた、苛酷なシベリアの流刑地で、絶望のどん底に突き落とされてなお、その絶望こそが希望であることを、彼は確信しえたのです。
 
 主イエスの弟子たちも復活を信じられずに逃げ去り、キリストも十字架の上で「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(マタイ27・46)と絶望の叫び声をあげられたのですが、その徹底的な絶望こそが、復活の勝利をもたらしたのだという逆説的信仰が、ドストエフスキーを支えてくれたのでしょう。
 
「わたしを信じる者は死んでも生きる」と主イエスは今もわたしたちに語りたもうのです。

写真:新座市の自宅の庭で、崇が育てた藤の花と紫陽花がみごとに開花したものです。


(教区時報178号1993年4月)
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