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追悼 八代崇主教様

「追悼の辞」
 神戸聖ミカエル大聖堂で行われた神戸国際大学及び聖ミカエル教会合同葬儀にて 

 小谷春夫司祭

八代崇主教様
八木基督教会会衆 2

私が貴方と親しくお話をさせて頂くようになりましたのは1965年(昭和40年)京都教区八木基督教会の主任司祭に燃える気運を盛り上げ、礼拝を活発化させるだけでなく、貴方の洗礼名をつけたヤコブ会は、八木基督教会のみならず、大和高田、桜井、田原本諸教会の信徒の固い交わりをつくり上げ、その中から素晴らしい聖職者を生み出されました。今もなお、ヤコブ会の交わりは続けられています。
(前列左から5人目:森京都教区主教、森主教の左隣は次男・誠、崇が座る場所だが、父親・崇は席まで戻らずにシャッターを押したと思われる)


 私は隣の大和高田基督教会に1960年から1966年(昭和41年)まで主任司祭として勤務しましたが、その最後の一年、家庭をあげて貴方の牧会の一端を親しく体験させて頂きました。当時貴方は桃山学院大学の助教授として講義を持っておられましたが、私が大学に行く時はいつもお誘い下さって車に同乗させて頂きました。これはその中の、一例です。隣人への愛を常に行動で示されたお姿は私だけでなく大和の諸教会の信徒が同じ様に今も忘れずに心に抱いていることです。

 1973年(昭和48年)から東京神田基督教会の牧師として赴任され、北関東教区主教に叙任されるまで12年牧会されましたが、そこでのお働きでも、信徒に同じように心温まる牧会の印象を残されたと聞いています。まことにコロサイの信徒への手紙でパウロが諭しているように「人々が心を励まされ、愛によって結び合わされ、理解力を豊かに与えられ、神の秘められた計画」に導きいれる牧師として何処におられても大きな足跡を残されました。

 小谷司祭と英国にて
こうした牧会ばかりでなく、米国オハイオ州ケニヨン大学、バージニア州バージニア神学校、英国カンタベリー聖オーガスティン神学校で鍛えられた学問への道をふまえ、桃山学院大学や、次いで招かれた立教大学で、キリスト教史、特にイギリス宗教改革史を広く政治・経済・文化の領域をふまえた斬新な講義として続けられました。

 その研究業績を次々に論文に書き著し、学会発表されたことを思うにつけ、牧会活動と併行せられたバイタリティーは唯唯驚嘆させられる外ありません。25の論文、19の著書、共著、編者 10の翻訳、そして岩波英和辞典を始めとする多くの辞書への参画、編集など、一つ一つの名を挙げたらきりがないでしょう。中でも1979年(昭和54年)出版のイギリス宗教改革史研究と1993年〈平成5年〉に出版されたイングランド宗教改革史研究は日本聖公会のみならず、日本キリスト教会の人々の必読の古典としていつまでも読まれていくでしょう。
 
 普通手に取ることの容易でない原書を丁寧に取り上げ、わかりやすく解読された努力にどれだけ教えられたか解りません。  アングリカニズムの特質を明らかにし、聖職信徒の信仰の基盤強化を願われたそのご意志を推し量ることのできるものでした。

 更に世界の聖公会の主教の集まるランべス会議に二度も、その準備作業に指導的役割を与えられながら、いずれにも、健康上の理由で最後のまとめの指導に当たられなかったことは悔まれてなりません。これからの日本聖公会の主教達にその任を受け継ぐ事を願い、聖公会の徳を牧会に於いても学問に於いても、高められたご生涯をたたえながら、安らかに神の国にやすまれることをお祈りして追悼の辞と致します。

1997年4月27日
 小谷春夫 京都教区退職司祭 桃山学院教授及び神戸国際大学教授歴任
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Author:eyyash
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